治験に関わる私が、“自分は参加するか”を本気で考えた結果【結論:立場で変わる】

自分なら治験に参加するか本気で考えた コラム

治験に関わる仕事をしていると、ふと考えることがあります。

「自分だったら、治験に参加するのか?」

治験は、一般的に少し特別なものとして見られがちです。なんとなく怖い、よくわからない、自分には関係ない――そんな印象を持つ方もいるかもしれません。

でも、実際に関わっている立場からすると、治験はもっと現実的で、もっと個人的な判断の話です。

私自身の答えはシンプルでした。健康なときと、患者になったときでは、結論が変わります。

結論:健康なら慎重に。病気なら前向きに。

私の結論はシンプルです。同じ「治験」でも、自分が健康な状態かどうかで判断は大きく変わります。

状況私のスタンス
健康な状態での参加あまり積極的には考えない
病気になった場合の参加前向きに検討する

健康な状態で参加するなら、かなり慎重に考える

健康な人が参加するタイプの試験(新薬の安全性などを確認する初期の試験)については、私は積極的に参加しようとは思いません。正直なところ、かなり慎重に考えます。

理由は、単純な不安ではありません。仕事や生活への影響、時間の使い方、今の自分にとって参加する合理性まで含めて考えると、慎重になるというのが正確です。

長期間仕事を離れる必要がある場合、治験参加で得られるものと、失うキャリア機会をどう考えるか。そこはかなり現実的に見ます。

また、通院の負担も無視できません。

月に1回くらいならまだしも、それ以上になると現実的に厳しくなります。実際に試験のスケジュールを見ると、「この頻度で通うのは大変では?」と感じることもあります。

例えば、通院が月に2回以上になると、自分の場合は仕事との両立が難しくなります。有休の都合もあるので、その時点で参加は現実的ではないと判断します。
逆に、毎回土曜日の来院で対応できるのであれば、条件次第では検討の余地はあります。

入院が必要な試験については、健康な状態であればそもそも選択肢に入りません。

このあたりは、個人的にかなりシビアに判断しています。

実際に見ていて感じる「参加の大変さ」

仕事で治験の内容を見ることがありますが、その中で感じるのは思っている以上に参加者の負担が大きいということです。

例えば、比較的軽い症状を対象にした試験でも、短い期間の中で何度も通院が必要になることがあります。正直なところ、「このスケジュールで本当に続けられる人どれくらいいるんだろう」と感じることもあります。

最近は、通院回数を減らす工夫(オンライン対応や訪問診療など)も出てきていますが、一方で「それでちゃんと評価できるのか?」と感じる場面もあり、バランスの難しさを感じます。

また、採血や検査については、「必要なら仕方ない」と受け入れられます。

ただ、実際に参加する側で考えると、それ以上に大変だと感じるのが、日々の記録です。

薬を飲んだかどうかの記録、体調の変化の入力――これを毎日、試験期間中ずっと続ける必要がある試験もあります。

これは正直、普通にめんどくさいです。続けるのは想像以上に大変だと思います。

実際に参加されている方を見ると、「よく続けられているな」と思うことが多く、自然と頭が下がります。

毎日の記録についても、「多少抜けることはあり得る」という前提で考えられています。

ただ、前回の来院から次の来院までの間に、何度も抜けてしまうようであれば、自分には向いていないと判断します。感覚としては、数回程度ならまだしも、それが常態化するようなら難しい、というラインです。

実際の試験では、日々の記録が多少抜けたとしても、それだけですぐに中止になることは多くありません。というのも、薬の効果を評価するうえでは、あらかじめ「ここを見る」というポイントが決まっていて、すべての記録が同じ重さで扱われるわけではないからです。

ただ、それは「抜けていてもいい」という意味ではありません。

データは多くて揃っているほど全体の判断がしやすくなるので、抜けがあるともったいない、という感覚は、現場側の人間としてどうしてもあります。

さらに言うと、参加前の段階でも、どの程度きちんと記録できているかを見られることがあります。最初から「多少抜けても大丈夫だろう」という感覚でいると、その時点で合わないと判断される可能性もあります。

自分の場合は、これまでの仕事柄、どうしてもこの「もったいなさ」と「ちゃんと続けられるか」が気になってしまうので、記録の継続についてはやや厳しめに見ています。

一方で一般的には、そこまで厳密に考えるというより、「無理なく続けられるかどうか」で判断する方が現実的だと思います。

お金の話も、現実としては切り離せない

あまり大きな声では言いにくいですが、費用の話も現実的には無視できません。

私は月経困難症(生理痛)で、定期的に通院しています。

  • 3ヶ月に1回の通院
  • 診察費:約1,500円
  • 薬代:約1,500円
  • 年に1回の検査費用
  • 交通費

1回ごとの負担は大きくなくても、積み重なると無視できない金額になります。

治験は金銭目的で参加するものではありません。

ただ、継続治療に現実的な費用負担がある人にとって、費用面が判断材料の一つになることは自然だと思います。

また、薬の飲み忘れ、受診予約の失念――こういったことも、正直あります。

こうした現実を考えると、費用負担が軽くなったり、管理のサポートがある治験は合理的な面もあると感じます。

一方で、参加に伴って支払われる「負担軽減費」については、個人的にシビアに見ています。採血だけの治験や健康食品モニター(これは厳密には治験ではありませんが)は、交通費の方が高くなるケースもあります。参加を検討するなら、その点も冷静に確認した方がいいと考えています。

普段の通院と比べると、このあたりの違いはよりはっきりします。

日常の診療であれば、多少予定をずらしたり、薬を飲み忘れたりしても、そこまで厳密に管理されることは多くありません。

一方で治験の場合は、決められたスケジュールや手順に沿って進める必要があるため、同じ「通院」でも求められる正確さが少し違います。

この違いを負担と感じるかどうかは、人によって分かれると思います。

病気になった場合は、考え方が変わる

自分が患者の立場になった場合は、治験は前向きに検討すると思います。

理由は一つではありません。

  • 今の治療が自分にずっと合い続けるとは限らない
  • 試験に参加することで、同じ病気で困っている人の助けになるかもしれない
  • 通常の診療では選べない治療の選択肢が広がる可能性がある

こういったことを総合的に考えます。

特に、今の治療が将来も合い続けるとは限りません。効果があっても副作用で続けられないこともあります。そう考えると、新しい選択肢として前向きに検討する余地があります。

ただしここでも、生活や仕事への影響はしっかり考えます。参加することで日常が大きく崩れるなら、それも判断材料に入ります。

「前向きに検討する」とは、「何でも受け入れる」という意味ではありません。

それでも参加したいと思えるかどうか、が判断基準になります。

治験は「特別なもの」ではなく「選択肢のひとつ」

一般的には「治験=特別なもの」と思われがちですが、個人的にはそうは考えていません。

むしろ、治験は、いくつかある選択肢のうちの一つという位置づけです。

少しだけ背景の話をすると、日本では新しい薬が海外より遅れて使えるようになることがあります。その理由は一つではありませんが、試験に参加してくれる人が集まりにくいことも一因とされています。

参加を義務のように考えてほしいわけではありません。

ただ、日本では治験が必要以上に特別視されがちです。必要なときに自然に検討できる選択肢の一つとして認識されるだけでも、状況は少し変わると思っています。

大事なのは、

  • 治験という選択肢があることを知っている
  • 必要になったときに検討できる状態でいる

そのくらいの距離感で十分だと、私は思っています。

結論

治験は、誰にでも勧められるものではありません。

ただ、条件が合えば、合理的な選択肢になることもあります。

そしてその判断は、安全性だけでなく、生活や仕事とのバランス、自分の価値観によって決まるものだと思います。

これは、実際に現場に関わっている立場であっても変わりません。

「治験=怖いもの」でも「治験=特別なもの」でもなく――自分の状況で考える、ひとつの選択肢。

この記事を読んだ方が、「そんな選択肢もあるんだな」と頭の片隅に置いてもらえたら十分です。

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